最新キーワードから考えるこれからの人事労務(第2回:選択的週休3日制)
Today’s Key Word 選択的週休3日制
このコラムは、戦略人事(労務)の必要性を感じている中小企業経営者や人事労務担当者向けに書かせていただきます。人事労務に関する最新キーワードを解説しながら、これからの人事労務戦略のあり方を考えていくことを目的にしています。少し長いコラムですが、自社の人事・労務を戦略的に構築していきたいとお考えの方は、この先を読み進めていただければ幸いです。
第2回目のキーワードは「選択的週休3日制」です。
令和3年4月20日付の日本経済新聞朝刊には、自由民主党の一億総活躍推進本部(猪口邦子本部長)が、「選択的週休3日制」の採用を促すために政府に周知や支援を求めたという記事が掲載されました。
この提言は、「子育てや介護と仕事の両立だけでなく、地方での兼業の後押しなども目的として」示しているそうです。私は「地方での兼業の後押し」というくだりに激しく違和感を感じますが、これについては後ほど私見を述べます。
さらに、本日(令和3年4月22日付)の同紙社説には「週休3日の議論は企業の主体性重視で」という論説が掲載されています。この社説は、選択的週休3日制の導入は「多様な働き方ができるのは望ましい」としながらも、いくつかの問題点を指摘しています。まず、そもそも完全週休2日制ですら、国内企業での普及率が未だ44.9%(厚生労働省によるデータ)であるという点です。海外でさえ週休3日制を導入している国は少ないのに、日本でこれを導入するにはどれだけ時間がかかるのだろうかということです。また、週休3日の導入というどさくさに紛れて、給与を必要以上に引き下げる企業が出てくるのではないかという懸念も示されています。それに対しては、「労働基準監督署による監視」を強めていかなければいけないと述べています。まぁ、社労士的に突っ込めば、監督官庁が労基署ではないような気がしますが、何らかの「歯止め」は必要になるでしょう。
社説では、更に踏み込んで、休日の増加が通常の勤務日のサービス残業の温床になるのではないかということを懸念しています。これも確かにその通りだと思います。
日本経済新聞に限らず、各紙で「選択的週休3日制」は取り上げられていたと思いますが、これについての当事務所の見解と「選択的週休3日制」をどのように戦略人事に反映させるかということについて考えていきましょう。
(1)選択的週休3日制の導入に賛成か、反対か?
私は、選択的週休3日制には賛成です。選択肢として、週休3日制があることで、本来であればその会社を選ばなかったはずの人材が就職を希望してくる可能性が高まります。また、週休3日制が現役社員の雇用継続につながったり、全社的なエンゲージメントの向上を図ることもできるでしょう。
ただ、一つ注意したいのは、あくまでも企業主体で推進するのであって、行政機関があれこれ口を出すようなやり方はやめてもらいたいと思います。企業のやる気を阻害しなければ、きっと週休3日制を自ら導入する企業も増えるだろうと考えています。
(2)自民党の一億総活躍推進本部が掲げる週休3日制の導入目的への違和感
先述しましたが、私は「地方での兼業の後押し」というくだりに激しく違和感を感じました。私はこの提言の内容を文書等で確認したわけではありません。そもそも、「地方での兼業」って何を指しているのか、農業なのか、地方企業でのアルバイトなのか、も見えていません。だから、誤解もあるかもしれませんが、どうもここには次のような考え方が見え隠れします。すなわち、「大都市圏で大企業のサラリーマンとして長年培ってきた経験を地方のために活かしてあげたい。大都市圏のサラリーマンは、週休3日制を導入すれば、地方企業の顧問になったり、週末起業でコンサル的なことができるだろう。それが、地方経済の活性化につながる。だから、週休3日制を導入したいのだ」という考え方です。
なるほど、確かに大都市圏で素晴らしいキャリアを積んだ人の感覚を地方企業の運営に取り入れるには、有意義なシステムと言えます。週休3日制の普及により、「一流のビジネスパーソン」と仕事をする機会に恵まれるならば、それほど喜ばしいことはありません。
しかしながら、週休3日制を選択するのは、おそらく「一流のビジネスパーソン」よりも、むしろ「ごく普通のサラリーマン」なのではないかと推測します。メディアなどでは、都市圏での経験を活かして、兼業でIT等のコンサルタントをして成功しているサラリーマンの例が紹介されています。しかし、まだまだそれは一握りでしょう。バリバリの現役の人はやはり、都会で経験を積む方を選ぶのではないでしょうか?
そのような意味から言えば、自民党の一億総活躍推進本部には、「地方をなめとんのかい!」と激しく突っ込みを入れたいです。穿った見方をすれば、都市部の余剰人員を厄介払いするために地方を使おうとしているのではないかとすら思ってしまいます。
この一億総活躍推進本部のメンバーには、おそらく自民党の地方選出の代議士も含まれると思います。その人たちは、議論の過程でここに違和感を感じなかったのでしょうか?
もし、地方企業で仕事をするんだったら、「兼業」という生ぬるいことを言わず、安定した大企業の身分を捨てて、本気で地方に骨を埋める覚悟で転職して下さいと言いたいです。それと同時に週休3日制の導入目的に「地方での兼業の後押し」を入れるのはやめていただきたいです。
(3)結局は「企業側の論理」×「働く人のニーズ」で制度を導入すべき
はっきり言って、「地方での兼業の後押し」なんていうことを目的に選択的週休3日制を導入する企業なんてありません。あくまでも、会社に来て欲しいのはどんな人材か、あるいはどんな人材に会社に長くいて欲しいのかという視点(=企業の人事戦略)で制度導入を進めるべきです。そして、その戦略に合致した人はそこで働くという選択をするでしょうし、そうでない人は別の会社を選択するでしょう。つまり、「企業側の戦略」×「働く人のニーズ」という算式が成立して初めて週休3日制は効果を持つのであって、場当たり的な制度導入は控えるべきです。そのような意味で、「選択的週休3日制」は企業にとって、極めて戦略的に設計すべき人事処遇の一つと言えます。
(4)地方の中小企業の実情
日々の業務の中で私が感じるのは、地方の中小零細企業にも着実に戦略人事的な視点が浸透してきているということです。例えば、フレックスタイム制は私の活動する富山県(「保守王国」とよばれます)では、とても浸透しづらい制度でした。富山の人たちは、働き方に関しても保守的で、朝は定時前に会社に行き、どんなに暇でも定時まで会社にいる、そんな考えの人が多いのです。だから、フレックスのような制度は浸透しにくい県でした。ところが、最近になって当事務所の顧問先でもフレックスを導入する企業が増えてきています。これは、人材確保という観点から見て、「しっかりと定時から定時まで働く」という価値観が限界に来ていることの証拠なのではないかと考えます。
何を言いたいかというと、富山のような働き方においても保守的な県の経営者ですら、時代の趨勢(=働く人たちの動向等)を見ながら、少しずつ働き方を変えていかなければいけないと感じているのです。だからこそ、働き方改革はお上からの押しつけではなく、企業の自主性を重視してもらいたいと感じるのです。
非人間的なブラックな働き方は厳しく取り締まる。でも、フレックス制や週休3日制などのその企業のアイデンティティーに関する部分には裁量性を重視する。そうであって欲しいものです。
(5)結論:週休3日制を「理にかなった働き方改革」の選択肢としよう
以上のことから、「選択的週休3日制」は企業の主体性、戦略性を重視し手導入していくべきという提案をしたいと思います。私の経験した例では、とても体力が必要な工場であるため、若くて体力のある人に来て欲しい。でも、給料やボーナスといった部分では他社には勝てない。だから、週休3日制にして、現役のスポーツ選手のような体力のある若者を確保しよう。現役のスポーツ選手であれば、練習時間等の兼ね合いから週休3日というニーズはあるだろう。こんな考え方から選択的週休3日制を導入した企業もあります。こういう「理にかなった働き方改革」をしていこうではありませんか。
この点について、作家の佐藤優氏はその著書「40代でシフトする働き方の極意」で「働く側の意識の持ち方」という観点ではありますが、至極尤もな指摘をしています。今日のコラムは、その引用で結ぶことといたします。
(以下引用)
いま政府が掲げている「働き方改革」は、一億総活躍社会を目指して時間外労働の削減や労働生産性の向上、女性や高齢者の活用などを目標にしています。聞こえのいい言葉が並んでいますが、その本音には直面する少子高齢化と労働人口の減少に対応して、より合理的に労働力を確保、活用したいという意図があります。
政府や役人が考えるこのような上から目線の改革とは別に、私たちは個々で仕事に対する向き合い方や意識を変革し、本当の意味での「働き方改革」をする必要があります。