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所長コラム

最新キーワードから考えるこれからの人事労務(第3回)

Today’s Key Word 「ジョブ型雇用」と「メンバーシップ型雇用」



 このコラムは、人事労務の重要性を感じている中小企業経営者及び人事労務担当者向けに書かれています。コラム執筆の主旨は、最新キーワードを解説しながら、これからの人事労務のあり方を考えていくことです。その趣旨にご賛同いただける方は、この先を読み進めていただければ幸いです。

 第3回目のキーワードは「『ジョブ型雇用』と『メンバーシップ型雇用』」です。最近、新聞やテレビで「ジョブ型雇用」という言葉を目にする、あるいは耳にする機会が増えたと感じる方も多いでしょう。また、一部マスコミの論調には「ジョブ型雇用」にシフトしていけば、あたかも日本における労働市場の課題がスッキリ解決するというものも見かけます。果たしてそうなのでしょうか?

(1)なぜ今「ジョブ型雇用」へのシフトが叫ばれるのか?
 多くの日本人は、学校を卒業し会社に従業員として採用されます。会社は仕事が全く分からない新卒者に対しても、それなりの給与を払って、一人前になるまで簡単な仕事を徐々に与えていきます。まだまだ力量不足であっても、毎年定期昇給があり、少しずつ給与が上がっていきます。だから、私たち日本人は、とりあえず最初は何にもできなくても、「会社がなんとかしてくれるわ」と考えます。

 会社は、このように従業員をある意味「ぬるま湯」につからせるのですから、その分の見返りとして、強力な人事権を持つことになります。余程の理由がない限り、人事異動の命令には応じなければいけませんし、移りたくない部署への異動命令にも応じなければいけません。

 日本型の「メンバーシップ雇用」の良いところは、ほぼ何もできない新入社員でもそれなりに給与はもらえるし、ちょっとずつ昇給もしてもらえる点であり、また、一人前に仕事ができるまで、少しずつ教えてもらえるという点でしょう。一方で、労働者側には、多少無茶な人事異動の命令でも従う義務が生じます。

 しかし、多くの企業では、右肩上がりの成長が望めなくなってきた結果、一人前になるまでの費用がかかる、このような雇用システムを継続することが難しくなってきました。そこで、「ジョブ型雇用」へのシフトが叫ばれるようになりました。


(2)「ジョブ型雇用」とは?
 「ジョブ型雇用」とは、あらかじめやるべき仕事が決まっていて、それさえやればいい仕組みと誤解されている方も多いように感じます。確かに欧米における「ジョブ型雇用」では、職務定義書(ジョブ・ディスクリプション)においてタスク(課業)が取り決められています。したがって、私たち日本人は、欧米人の働き方に関して、「そこに書かれてあるタスクさえこなせば、さっさと帰っても良い」というようなイメージを抱きがちです。しかしながら、実際は状況によってやるべきタスクは変化しますし、不測の事態への対応が求められることも想定できます。だから、職務定義書のタスクの取り決めはあまり詳細なものではなく、大雑把なものになっているのが実情なのです。

 以上のことから、「ジョブ型雇用」とは、決められたタスクさえこなせばOKというものではないことが分かります。では、「ジョブ型雇用」は何によって定義づけられるのでしょうか?

 「ジョブ型雇用」が、日本型の雇用(=メンバーシップ雇用)と決定的に異なるのは、勤務地、役職、所属部署などのポストが、本人の同意なしに変更できないという点です。日本の雇用慣行では、人事権は広く使用者側に認められています。しかし、欧米では、たとえ昇進であっても、本人の同意なくして実施することはできないのです。そこが、「ジョブ型雇用」の大きな特徴と言えます。

(3)実は、超ブラックな欧米型のジョブ型雇用
 では、実際の欧米型ジョブ型雇用では、労働者はどのような待遇を受けるのでしょうか?

 まず、学生は仕事を覚えない限り、就職できません。したがって、学生は在学中にインターンシップにより職業訓練を積むことが必要になります。

 「人事の成り立ち『誰もが階段を上れる社会』の希望と葛藤」(白桃書房 海老原嗣生・萩野進介著)によれば、フランスの調査において、「三年制大学(欧州は三年制が標準)に通う間に、学生たちは平均14ヵ月もこうしたインターンをしている」そうです。

 また、インターン中の給与についても過酷です。「欧州の場合、職業訓練もインターンシップも法令によりその給与が定められています。職業訓練校の場合、フランスだと最低賃金の53%(20歳以上)で、日本円に換算すると約600円。(中略)インターンシップはもっと厳しく、最低賃金の3分の1以上、という規定しかありません。」(同著)ということです。

 つまり、ある職業に対する未経験者が、就職するにはかなりの長期間、低賃金で経験を積まなければいけないというのが、欧米型のジョブ型雇用の特徴であると言えます。

 日本人である我々から見れば、こんな経験したくないと思うのと同じようにヨーロッパの若者も実はこんな経験したくはありません。したがって、ヨーロッパの若者は慢性的に失業率の高い状態が続いているといわれます。

(4)日本で「ジョブ型雇用」は根付くのか?
 次に日本で「ジョブ型雇用」は根付くのか、という点について考えてみましょう。私は、そう容易には根付かないと考えています。その理由を論じれば、長くなるので、簡単に述べます。まず、そもそも、欧州のようなブラックな「見習い期間」に日本の若者が耐えられるのかといえば、それは限りなく無理だと思います。大学生でも飲食店などでバイトすれば、時給1,000円以上もらえる社会(もちろんコロナ禍で今はそういうわけにはいきませんが・・・)で誰が厳しい下積みなどできるでしょうか?

 また、「ジョブ型雇用」が「決められたことさえやれば大丈夫なシステム」という勘違いが、「ジョブ型雇用」をうまく機能させなくなる恐れがあります。つまり、「決められたことをやったんだから、もう何もやりません」みたいなことを言い出す人が多発し、職場のモラルが崩壊する可能性があります。

 以上のことから、経営者のみなさんが「ジョブ型雇用」を自社に導入する場合は、それなりの覚悟を持って、自社の特性にあった制度を導入する必要があると考えます。

(5)そうは言っても「ジョブ型雇用」の導入は待ったなし?
 そうは言っても、一部では「ジョブ型雇用」を導入せざるを得ない状態にある企業も多いと思います。実は、今年に入って当事務所も補助的業務で「ジョブ型雇用」を導入しました。社労士事務所は専門的サービスを提供する仕事のため、比較的タスク別に「仕事の値段」がつけやすいです。したがって、将来的に「ジョブ型雇用」への転換を考慮して、まずはサポート業務(入力、コピー等)のみを担当する職員に「ジョブ型雇用」を適用しました。どのような仕組みかは長くなるので書きませんが、興味のある方はまたご質問いただければと思います。

 いずれにせよ、冒頭にも書いた通り、もはや右肩上がりの成長を期待できる企業はそう多くはありません。「ジョブ型雇用」をはじめとして、雇用システムの転換を迫られる日本企業は、大企業に限らず、中小企業にも相当数あるはずです。多くの企業が、自社に最適な雇用システムを再考するべき時期にきていると当事務所では考えています。